ピーターパン人間は不安でビクビクしている。
物心ついた頃から家庭の雰囲気に緊張感があった。
それは年を逐うごとにエスカレートして、日常茶飯事になった。
このビクビクした不安の最大の理由は、両親の不和だ。
ピーターパン人間の両親は、結婚生活にも自分たち自身にも満足していない。
理由は人によっていろいろだし、複雑に入り組んでいるが、なかでもいちばん多いのは、温かな心の通い合いがないことと、遊びと仕事がアンバランスなこと、それに自己規制が上手にできないこと、既存の役割や価値観の変動、などである。
両親の不和は、子どもにさまざまな形で影響を与える。
父親は、タフ・ガイのイメージで自分の心の痛みをカムフラージュしようとして、やさしい言葉をかける代わりに強い口調で子どもにはっぱをかける。
「オイ、コラ、メソメソするんじゃない」とか「そんなもの、すぐによくなるさ」といった調子だ。
その結果、子どもにとって父親は不可解な人物になり、愛しても、自分は父親からけっして認めてもらえないと諦める。
その不安は鈍い痛みのように、いつまでも消えてなくならない。
一方、母親は母親で、無言のうちにこの不幸を耐え忍ぼうとするが、うまくいかない。
子どもたちは敏感にそれを悟っている。
子どものために自分の人生を犠牲にするというのが彼女の生き甲斐だ。
「あなたが幸せになるなら、お母さんはどうなったっていいわ」―。
ところが息子には、母親の孤独と不幸がよくわかる。
そこで父親を非難したい気持ちになる。
が、父親に愛してもらいたいからそれはできない。
そのために、母親が自分を拒否すると、なにかそれなりの理由があると考えて自分を責める。
しかも、そうしたおかしな考え方に取り憑かれ、耳がつんざけるほどに叫び出したい不安で、胸が張り裂けそうになる。
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ほとんどの場合、両親は子どもたちの前では幸福な夫婦を演じようとする。
本音をぶつけあって真実と出会うことを恐れ、お互いを避けている。
相手がどうだこうだと言い合うのもイヤだが、自分たちの、このみじめな気持ちをこれ以上認めるのは、もっとたまらないからだ。
そんなことをするくらいなら、とにかくここは笑顔をつくり、一見楽しそうに、にぎやかに一家でそろってお出かけなどしたほうが面倒でなくていい。
心がどこかよそに行っていたって、誰も文句は言わない。
決められたとおりの役割を従順に、忠実に果たしてさえいれば、それですむのだから。
こうした家族は、傍目にはどこも悪いようには見えない。
むしろ、うらやましがられるかもしれない。
仲がよくて楽しそうで、非の打ち所がないファミリーだ。
しかしそれは外観だけで、感情の世界では、ひと皮剝くとまるでガン細胞のように不満が猛烈な勢いで増殖し続け、幼い子どもたちの心の平和や安心をむしばんでいる。
こうした夫婦は口に出して言わないが、子どもたちのために離婚もせずに頑張っている。
しかし、それは大きな間違いだ。
このままではいけない。
さもないと、子どもたちはますます不幸になる。